昨日の帰宅途中、ここんとこ習慣化している「金曜のTUTAYA立ち寄り」を行い、書籍を眺めていた。Bookランキングコーナーに在り興味をそそられる本は大抵購入済みだったので、諦めて帰ろうかと思っていた時、不意にある戸棚で見つけた本。それが「ナラタージュ」だった。
『ナラタージュ ―― 映画などで、主人公が回想の形で、過去の出来事を物語ること。』
1つか2つ年下の作者。帯には「2006年度版この恋愛小説がすごい!第一位」「一生に一度しかめぐり合えない究極の恋」などとデカデカと宣伝が・・・。「惑わされてたまるか!!」と思う一方で、本の表紙に「私自身」を見ている気がして、結局購入した。
朝食も、昼食も殆ど取らないまま、ついさっきまで読み耽った(読み終えた)。高校時代演劇部だったということ以外は、私の人生と全く違う!!
・・・・・・・・・そう思いたかった・・・・。
でも・・・・、読み進めていくうち、違う人生を辿る主人公を通しても、自分の過去・現在を全て見透かされているような気がして、心が今も苦しい。
そう、本を読みながら、私自身「ナラタージュ」していたのだ。そう考えると何だか恐ろしい。
『きっと、子供だったから愛とは違うとかじゃなくて、子供だったから、愛してるってことに気付かなかったんだよ』
私達は、子どもだったのかもしれない・・・・。そして、己の奥底にある感情・衝動を上手く表現できなかったのかもしれない。例え新たな人生をスタートさせても、時間や場所達があの日の鮮明な想い出を、物凄い勢いで「ただの思い出」にさせてしまっても、辛く切ないカコは過去で、一生消えないものなのだろう。
『今でも呼吸するように思い出す。(中略)それは未練とは少し違う、むしろ穏やかに彼を遠ざけているための作業だ。記憶の中に留め、それを過去だと意識することで現実から切り離している。(中略) だけど、実際は二人がまた顔を合わせることはおそらく一生ないだろう。私と彼の人生は完全に分かれ、ふたたび交差する可能性はおそらくゼロに近い。』
そんなこと・・・・・・ずっとずっと前から分かっている・・・・・・・。でも、色々な出来事と、得体の知れない感情が、時々私をどうしようもなく締め付ける。
それが、「この本を読んで、一時的に強くなっているだけだ」
・・・・・・そう思いたい。
偶然見つけた本とはいえ、本当に運命的な出会い。成績をつけたりしないといけない忙しい時期。今晩から頑張ろうと思っていたのに、全身が硬直したり、震えたり、何か分からないものに怯えたりして何も手につかない。頑張って外出してミスドのドーナツ&珈琲を頬張ってみても、リラックスできない。「心ココにあらず」。
大阪に来て、「大丈夫♪」と思い始めていた矢先だけに、大丈夫と思っていたのは単なる「強がり」だったのではないか?と感じてしまう自分。また昔の曲を聴けなくなってしまうのか。。。
明日までに、この苦しさをなんとかせねば。
*お断り*
・・・・・・・・・・・こう書くと、「読まなきゃええやん。」と誤解する人もいるかもしれないけれど、でも、そういう風にのめり込んで、自分の感情を動かしてしまう程「めっちゃいい本!!」なことは本当です。
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